言の葉の書き上げ

書き上げました

桃太郎

 これは今から遠い昔、大勢の人々が暮らす都を鬼たちが度々襲っていた、そんな時代のことです。
 都から離れたある山のふもとにおじいさんとおばあさんが暮らしていました。ある日、おじいさんは山へ柴刈りに行き、余計な枝を切ったり散らばっている枝を拾ったりして山をきれいにしながら、かまどや風呂で使う薪を集めていました。一方のおばあさんは川で洗濯をして、おじいさんとの二人暮らしで出た肌着や上着の洗い物をごしごし手洗いしていました。おばあさんが一通り終えて帰ろうとしたその時、川上から見たことも無いほど大きな桃がどんぶらこと流れてきました。驚いたおばあさんはとっさにじゃぶじゃぶと川に入って桃を抱え上げると、風呂桶よりも大きなその桃はどこも傷んでいるところも無く新鮮で、おばあさんは洗い終わった洗濯物の上に桃を乗せて、家へと帰りました。
 調理台の上に大きな桃を置いて、おばあさんはどうしたものかと思っていると、おじいさんが作業を終えて帰ってきました。桃を見たおじいさんは驚いて、これは本当に桃なのかと戸惑っています。回してみたり匂いをかいでみたりしていると、突然桃の中から赤ん坊の泣き声が聞こえてきました。これには二人とも大慌てしましたが、声を聞くうちに、この子を桃の中に入れたままにするわけにもいくまいということで、包丁を使って取り出すことにしました。桃が安定するようにヘタの窪みを下側に置いて、まずそっと表面の皮をむいていくと、皮の下の果肉はまるで桃そのもの、白くみずみずしいようすでした。中の赤ん坊を傷つけないよう包丁を薄く入れて切り取った果肉をじっと見つめていたおばあさんは、おじいさんが止める間もなくそれを口へと運んで食べてしまいました。噛み心地も、舌の上で広がる味も、ほどよく熟れた桃と同じでとても美味でした。おじいさんは、おばあさんが得体の知れない桃を食べることにも、赤ん坊を早く取り出さないといけない途中で食べたことにも、口をもごもごさせながら平然と美味しそうにうなずいていることにも、まるで信じられないという唖然とした表情をしましたが、気を取り直して包丁を受け取って桃に向き合い、慎重に少しずつ果肉をそぎ落としていきました。すると白い果肉の中に透けて、黒い毛の生えた赤ん坊の頭皮らしきものが見えてきました。おじいさんはますます慎重になって、包丁で浅く切り込みを入れ果肉を手で取り除いていきました。赤ん坊は桃の中心で透明な膜につつまれていて、果肉を十分取り終えたおじいさんは少しためらった後、思い切ってその膜を切り開き、赤ん坊の元気な鳴き声が調理台の上から家中へと広がりました。おばあさんが桃の中から赤ん坊を抱き上げ、二人がほっとしたのもつかの間、この子に何を飲ませればいいものか、村まで行って人をつれて来ようかと思案していたところ、赤ん坊は先程までぐっと握りしめていた手を調理台の上の桃の欠片へと伸ばし、つかんで食べ始めました。
 このようなことがあった驚くべき一日、おばあさんが川で桃を見つけてきた日から三年の月日が経ち、あの日に桃から生まれた赤ん坊桃太郎は、見る見る間に立派な青年へと成長していました。すでに心身共に充実した十六歳の働き手といった出で立ちで、元気に野をかけ、おじいさんの山仕事を手伝っていました。ある日、米などの備蓄を求めて村へと出かけた桃太郎は、旅の薬売りから都を襲う鬼の話を耳にしました。鬼たちは縄張りの島から海を渡ってやってきては、都の家々を壊し、財宝を奪っていくということです。それを聞いた桃太郎は許せない気持ちになり怒りに震え、そんな鬼どもは私が成敗してくれる、ととっさにその場で言い放ちました。薬売りは、都の警備でもかなわない恐ろしい鬼だから、と桃太郎を宥め、でも誰かが鬼を討ち取ったなら、きっと都は大助かりで、たくさんの褒賞が出されるだろう、と言いました。家に帰った桃太郎はおじいさんとおばあさんにこのことを話し、鬼退治の旅に出ると伝えました。おじいさんは頭を抱え、お前が元気に育ち、ワシの仕事を手伝ってくれてとても助かっている、都は大変かもしれないが、鬼がここまで来るわけでもない、このまま家にいてくれないか、と言いました。一方おばあさんは、私があなたを桃から取り上げた日から今日まで、あなたはとても強く育った、きっと鬼にも負けやしないだろう、都の人々を助けておやりなさい、それに仕事なら元々おじいさん一人でやっていたでしょう、と桃太郎を後押しし、桃太郎は威勢よく、はい、と返事をしました。おじいさんは深いため息をついて部屋を出ていき、しばらく経ってから戻ってくると、手に一振りの刀を抱えていました。これを持っていきなさい、きっと無事で帰って来れるように、とおじいさんに渡された刀を、桃太郎は恭しく受け取りました。翌朝、出発の身支度を整えた桃太郎に、おばあさんはお腹が空かないようにと袋に入ったきび団子を渡しました。桃太郎はそれを腰に付け、では行ってきます、と言って、見送る二人に背を向け旅立って行きました。
 ひとまず都へと通じる街道へ出ることを目指して、まだ山道を歩いていた桃太郎の目の前に、藪を揺らして一匹の犬が現れました。犬は見るからに元気が無く、顔を俯かせて尻尾を下げて歩いて、桃太郎へと近づいてきました。ワンワン、そこのお方、そのお腰に付けたきび団子、ひとつわたしにくださいませんか、お腹が空いて倒れそうです。桃太郎はおばあさんからもらった大事なきび団子を袋からひとつ取り出して、ひざまずいてそっと差し出しました。犬は手のひらに乗ったきび団子を大事そうにじっくりと食べた後、たちどころに元気になって、嬉しそうに尻尾を振りました。ワンワン、ありがとうございます。このご恩をどうお返しいたしましょう。なるほど鬼退治の旅をしているのですね、ならばわたしがおともいたしましょう、いざ鬼退治へ。こうして犬を引き連れた桃太郎は先へと進んでいきました。
 街道へ出た桃太郎と犬は、都を目指して歩みを進めていきます。崖沿いの道を行く桃太郎たちに、崖の上から声をかけるものがいました。おいそこのお前、その腰に付けたうまそうなきび団子、ひとつおれにくれやしないか。声の方を見上げると、一匹の猿がこちらを見下ろしていました。これはおばあさんにもらった大事なきび団子です、ただでくれてやるわけにはいきません、鬼退治のおともをするのならよいでしょう。桃太郎がそう返すと、猿はよし乗った、と勢いよく崖を駆け下りて桃太郎の元へ来て、自分で袋からひとつきび団子を取り出して口に入れました。あまりのおいしさに周囲を跳ね回った後、猿は桃太郎の頭に乗っかって、いざ鬼退治へ、と一行を促しました。
 その後もふたりのおともと共に歩みを進め都へと到着した桃太郎は、建物が壊れたひどい有り様を目にしました。最近にも鬼たちは縄張りの鬼ヶ島から都へやってきて、大きな金棒を振り回して人々を怯えさせ、金銀財宝を奪っていったのでした。桃太郎は鬼退治に来たことを都の警備に伝え、鬼ヶ島へ渡る船はないかと尋ねました。警備は鬼たちの恐ろしさを承知の上かと確認してから、都の南の海岸に鬼たちは上陸してくる、その周囲の漁村は住人が皆逃げてしまったから、使われてない船があるはずだと教えてくれました。
 警備の話に従って都から漁村へと移動した桃太郎一行が岸で船を探している頭上を、一匹のキジが空に輪を描いて飛んでいました。そこの皆さん、この辺りにはよく鬼が来ます、命が惜しければ立ち去りなさい、とキジは空の上から桃太郎たちに忠告しました。私たちはその鬼を退治しに来たのです、鬼ヶ島へ渡れる船はありますか、と桃太郎が尋ねると、それは素晴らしい、向こうの船着き場にいい船がありますから案内しましょう、それと、ぜひ私もおともにしてください、とキジが応えました。ならばこれはおともの印に、と桃太郎がきび団子を高く投げ上げると、キジは落ちてくるきび団子を空中でくちばしでくわえ、ごくりとひと飲みにして、いざ鬼退治へ、と空高く鳴き声を上げました。宙を舞うキジを追って辿り着いた船に桃太郎一行は乗り込み、海へと船を出しました。
 へりに留まったキジはかいを握る猿に船のこぎ方を教えつつ、しきりに空高く飛び上がって鬼ヶ島の方向を確かめました。犬はブルブルと身を震わせて武者震いをしました。ついに迫った鬼ヶ島は、空を覆う黒雲から雷が降り注ぎ、ゴツゴツとした岩肌や鬱蒼と茂る樹木に包まれ、だれも寄せ付けないような不穏な闇をまとっていました。桃太郎一行は裏手の浜に船をつけて上陸すると、キジが空から寝床を偵察し、鬼たちが昼寝しているのを確かめました。桃太郎一行は寝床の傍まで迫り、全員で覚悟を確かめ、息を合わせてから一斉に攻め入りました。桃太郎はおじいさんに貰った刀で鬼たちを切り倒していきました。犬は鋭い牙で鬼の脚に噛みつき、鬼が痛みに動きを止めたところへ桃太郎が刀を打ち下ろしました。猿は素早く飛び跳ねながら鬼たちを引っかき、キジはとがったくちばしで鬼の目をついては空へと飛びあがり、鬼たちも金棒を掴んで振り回しますがだれにも当たらずに空を切るばかりです。ひとりふたりと鬼たちが倒れていき、やがて最後のひとりとなった真っ赤な大鬼が、巨大な金棒を桃太郎へ叩きつけました。それをがっしりと受け止めた桃太郎は、大鬼がひるんだところをわき腹から肩へとかけて斜めに切り上げて、ついに全ての鬼を成敗してしまいました。
 桃太郎は鬼たちに二度と人々を襲わないよう約束させ、鬼たちが奪って貯め込んでいた金銀財宝を船に乗せると、鬼ヶ島を後にして都へと向かいました。都の人々は大喜びで桃太郎一行を迎え、沢山の褒美を与えたということです。おしまい。